台風の日
 

どうしても出かけたい人がいた。
何度止めても出て行ってしまう。
外はまれに見る暴雨風。



御主人が困って
フレンドシップクラブに連絡してきた。

何とかならないだろうか?


何とか出来るか?
わからなかったが
とりあえず家を出て
こちらへ来ていただこうと思った。。


出て行きたい!  そのことだけは
何とかしないと、ご主人が参ってしまう。
そう、思った。

しかし、外はだんだん雨風が強くなる。
いまここには私一人・・皆、台風の来る前に帰った。
ここに来ていただいてその後どうするか、
台風は夜9時頃までは、続くという。


何とか出来るか、考えた。
何とかって何だろう、
彼女をなだめて落ち着かせると言うことだろうか?
何とかって・・・
はっきり気持ちが座らないうちに
彼女は来た。

車から降りただけで、すでにびっしょり濡れていた。
頭から、足の先まで水が滴っていた。

玄関を入ったご主人を見て
何があったか想像が出来た。
ご主人の腕には赤いミミズ腫れの痕が無数にあった。


そのまま、玄関で帰っていただいた。
少しでも、離れた方がいい、今は。

よく来てくださいましたね、この雨の中を・・・と言うと
辺りを見回し始めて、な〜〜んここ、と強い口調で言った。
どこなんだろうと言いたいのかもしれないと思って
私のうちです、この雨の中ようこそ来てくださいました。
と言うと、やっと椅子に腰を下ろしてくれた。


何とか着替えてもらって、お茶を勧めると、
今までそわそわと動いていた体が止まった。


私は予想外のことで
とっさに、何をすればいいのかわからなかったが、
とりあえず、夕ご飯を作ろうと思った。

そのことを座っている彼女の顔を見ながら
いっしょにやる?と言ってみたら、
なんと、立ち上がって台所の方へ行った。

簡単なものを作ろうと思い
ジャガイモの皮をむいた。

すると彼女も剥き出した。

その手つきを見ていたら、つい「上手ですね」と言ってしまった。
あまりそういう言葉は言わない方がいいのだけれども、
本当に手際がよかったので、思わず出てしまった言葉だった。


すると、彼女の口から「私・・・をやるのが夢だった。」


思いがけない言葉だった。
周りに誰かにいて欲しかった。
誰かに聞いて欲しかった。


夢だったんですか?
リフレインして言って見た。
もう言葉はなかったけれども、鮮やかな手つきで
次々にジャガイモを剝いていった。

にんじんを剝き、タマネギを剝き、リンゴを剝き
・・・どれも手早くしっかりと剝けていた。


一緒にカレーを作りながら、
私も夢の話をした。
遠く宇宙に行ってみたかったこと
地球を月から見てみたかったこと・・・

返事は無くてもいいが、
聞いてもらいたいと思って話をした。

彼女とかわりばんこにお鍋をかき回して並んで台所にいた。

ふと、なぜ彼女がここに来たのか、思い出した。
彼女は家を出たかった。そうだった。
それで、ご主人とぶつかってしまったのだった。



いや、そうではなくて、夕方にやりたいことがあって、
それをやりたかったのかもしれないとふと思った。


お使いに行って家族のために夕食を
作りたかったのかもしれないと。
それが夢なのよ、と言いたかったのかもしれない。



彼女は一度も外へ出て行こうとはしなかった。
二人で、カレーを食べたが静かに座って食べ終えた。
私の頭から、{黄昏症候 徘徊}という言葉は消えてしまっていた。

台風のさなか、小さな家の中は平和だった。